読んでいてしんどくなる方もいらっしゃる内容です。心が弱っている方は、読むのをお控え下さい。
子供時代に経験した死
5歳ころ、祖父と祖母の間に川の字になって寝ている時に、ふと「おじいちゃんとおばあちゃんもいつかは死んでしまうのかな。」と怖くなって泣いたことがあります。
その頃は、「自分もいつかは死ぬ」というところまでは想像できないくらい幼かったのですが、生まれたばかりのいとこが病気で亡くなったのをきっかけに、自分の身近な人が死んでいなくなってしまうということが「現実にあること」だと考えるようになったのだと思います。
中学生のころ、6年間一緒に過ごした愛犬が、病気で急に具合が悪くなり亡くなりました。母と共に動物病院へ行き、処置をしてもらいましたがそのまま病院で亡くなりました。その時、生きていた頃と全く違う姿になってしまった愛犬を見て、泣きました。
人と犬の死を同等に考えない方もいるかも知れませんが、私にとっては愛犬も大切な家族だったので、その死には大きな喪失感がありました。
読んでくださっている方の中にも、大切な存在を亡くされた方がいらっしゃるかも知れません。私は、大人になるまでに身近な人を亡くした経験は多くありません。けれど、時々起こる身近な人の死を忘れたことはありません。自分の心の中にしまって時々思い返す。そうして繰り返し思い返して来たために、いつまでも忘れることができないのだと思います。
死と向き合った解剖学実習
一浪して医学部に入り、2年生になると解剖学実習が始まります。献体いただいたご遺体を、1年かけて解剖し、全ての臓器、神経、血管を実際に見て位置や名前を覚えるのです。全身の全ての骨についてもラテン語名まで暗記します。
言葉にすると解剖学実習とはこの様なものですが、人生で初めて、何体もの見知らぬ方のご遺体と対面することになります。
医学部に入ると決めた時、すべての医学生が本当に人の死と向き合う覚悟があるかどうかは、分からないのではないかと思います。なぜなら、私自身も本当の意味での人の死を、医学部を目指した時には知らなかったからです。
見知らぬ方のご遺体と対面し、4人1組で解剖し学ばせていただく。厳かな気持ちと同時に、怖さやショッキングな感情も湧いてきましたが、怖いと思う気持ちを表に出さず、とにかく1年間やり切るしかありませんでした。
親に高い入学金と学費を払ってもらい、浪人までして入った医学部だから、医師に向かって突き進むしかない。逃げたら留年か放校になり、これまでの努力が無駄になる。そんな必死さも加わって、何とか解剖実習を乗り切りました。
けれど、ご遺体と対面したときの怖さや、自分と同じように生きていた方を解剖することへの罪悪感などを忘れてはいませんし、これも心の傷の一つになったと思います。そういった医学生の心のケアをするシステムは、私のいた大学にはありませんでしたし、そもそも医師の世界にもないのではないか、と思います。
人の死に傷ついて、立ち止まっている医師は役に立たないものとして、その場にいられないし、そもそも立ち止まっていられないくらい、次々と患者さんと仕事はやって来ます。
だから、自分でも気付かないうちに、心の傷は増えてゆき、たった15年で医師を辞めることになったのかもしれません。
医療の世界での死とは、失敗であり、タブーという暗黙の了解があったように思います。だから、症例検討はしても、それによってどう感じているか、心について話す機会はありませんでした。
医師を辞めた今だから、これまで蓋をして来た死について感じてきたことを思い出し、書ける範囲で書いてみようと思います。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。次回は、病院実習や研修医時代に経験したことを書いてみます。

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